地域 改革名 集権/分権 内容
前478 ギリシャ デロス同盟 分権 ポリス・オリンピック
前221 中国 集権 度量衡・文字の統一
645 日本 大化の改新 集権 公地公民制・国司の派遣
1600 日本 幕藩体制 分権 親藩・譜代・外様
1776 アメリカ合衆国 独立宣言 分権 連邦制・州法
1789 フランス フランス革命 集権 国民軍・義務教育
1868 日本 明治維新 集権 廃藩置県・標準日本語
1945 国際連合 国際連合憲章 分権 拒否権・世界遺産
1993 EU(欧州連合) マーストリヒト条約 集権 国境移動・単一通貨

20180113修正

目次

統治の技術

人間が集団を作り、村、町、国のように、集団の範囲が広がっていくと、集団を統治する技術が求められるようになった。

集団の統治には、さまざまな力が用いられきた。私たちが集団に従うのは、どのような理由によるのだろうか。正しいからだろうか、美しいからだろうか、得するからだろうか、それとも、怖いからだろうか。

世界史の授業では、人間を動かす2つの力に注目していく。権力と経済力だ。

集団の中心に、権力と経済力が集まっている仕組みを、集権(しゅうけん)型と呼ぶ。対して、集団に中心が存在せず、権力と経済力が集められていない仕組みを、分権(ぶんけん)型と呼ぶ。

図1 ピラミッド 中央集権の象徴とされる

統治は、特別な政治団体だけに求められるのではない。友達・家庭・部活・職場など、あなたの身近な集団にも、統治の技術は求められる。

例えば、あなたの家庭は、集権型だろうか、分権型だろうか(あるいは、だっただろうか)。

父親が家庭の方針を決め、父親がお金を負担している場合は、集権型の家庭になるだろう。

あるいは、家族会議が頻繁に開催され、親族で共同してお金を負担している場合は、分権型の家庭になるだろう。

権力と経済力の所在が、ひとめには明らかではない場合もある。

父親が威張っている家庭でも、母親の鶴の一声でお金の使い道が決まる家庭は、父親の集権型を擬態した、母親による集権型となる。

歴史を通じて、さまざまな集権型と分権型が試みられ、今も試みられ続けているのは、どのような関係が最善であるのかを、私たちは考える性質を持っているからだ。

以下では、世界史の事例から、集権型と分権型の統治について、理解を深めていこう。

デロス同盟

紀元前478年に、ギリシャの都市国家・ポリスたちは、デロス同盟を結んだ。ポリスは、日本の都市でいえば、堺や博多のように、海上貿易により発展したが、領地はあまり広くなかった。ポリスは民主制で、それぞれ独立した立法と財源を確保していたので、デロス同盟は、分権型の統治と考えられる。

デロス同盟の成立のために、2つの原因を押さえよう。

1つめは、古代のギリシャ人が共有していた言語・文化だ。ギリシャ人は、ギリシャ語を操り、自らをヘレネス(女神ヘレンの子孫)と呼び、異民族をバルバロイ(言葉の通じない者)と呼び、オリンピア競技祭を共同で開催していた。このことから、分権型の統治には、基盤として、共通の言語・文化があったことがわかる。

2つめは、ペルシャ帝国からの防衛だ。ペルシャのダレイオス大王という外敵により、ポリスの結束は高まった。

そして、ペルシャ帝国の脅威を払いのけた後は、分権型の統治であるデロス同盟は、不安定になった。

ポリスの1つであったアテネが強大化し、スパルタとの内部抗争により、ペロポネソス戦争が起こり、ギリシャ文明は衰退していった。

分権型の統治は、力の一極化を避けようとする。

紀元前221年に、秦は、中国大陸を統一し、春秋・戦国時代を終わらせた。秦の始皇帝は、中央政府による集権型の統治を推進した。

秦の遺産として、2つを押さえよう。

1つめは、度量衡の統一により、それまでバラバラであった習慣に秩序を与え、広い地域で商業・工業の発展を促した。

ちなみに、現代の度量衡は、国際標準化機構(International Organization for Standardization)が、統一している。

2つめは、漢字の統一により、書類を保存し、情報の整理を促した。

殷の甲骨文字から、発展してきた漢字を、篆書体(てんしょたい)へ整理し、公文書に採用した。

秦の遺産である漢字は、現代の東アジアの国々で、公式な文字として採用され続けている。

ちなみに、現代の日本の公文書は、漢字の書体として、楷書体を採用している。

始皇帝の強大な権力は、焚書坑儒という言論統制にも用いられた。

図2 始皇帝の兵馬俑の再現 権力の作用は、集団に同じ行動を取らせる。

権力という用語は、負の意味で用いられがちだ。しかし、権力には正の面があることも、見逃したくない。

人間を弾圧し、自由を奪う権力は、同時に、私たちの生活に秩序を与え、豊かな暮らしのインフラも整備した。

集権型の統治は、広い地域へ、共通のインフラを整備する。

大化の改新

645年に、中大兄皇子は、飛鳥地方で、豪族の蘇我氏との権力闘争(乙巳の変)に勝利すると、天皇を中心とした集権型の統治を推進した。

天智天皇から始まる中央集権化は、大化の改新と呼ばれている。

大化の改新について、2つの制度を押さえよう。

1つめは、権力の制度で、律令制と呼ばれる。律令(現代の法律に相当する)の制定により、日本列島を令制国に分けた。

律令制において、地方自治の長は、中央の貴族から選ばれた国司だった。例えば、紀貫之の土佐日記は、文学作品 であると同時に、中央から派遣された国司としての業務報告でもある。

ちなみに、現代日本では、地方自治の長である知事は、住民の選挙によって、選ばれ、中央政府が指名するものではない。公務員は、採用の段階で、国家公務員・地方公務員の区別があり、私企業も、本社採用・子会社の区別があり、待遇に差が設けられている。

また、国司の不正は、尾張国解文(おわりのくにげぶみ)により、記録が残っている。

集権型のヒエラルキーを利用した不正は、現代でもパワハラ・セクハラとして、報道されている。

2つめは、経済力の制度で、公地公民制と呼ばれる。公地公民制は、すべての土地を国家の所有物とした。

生産設備である土地を、私有ではなく公有としたので、公地公民制は、現代から見れば、1000年以上前の、完全な共産主義に該当する。

班田収授と租庸調により、全国に一律に税率を適応したが、生産力は上がらず、農民の浮浪・逃亡も相次ぎ、公地公民制は崩壊していった。

人々は現実の生活を守ってくれる武士を頼るようになり、地方から武士が台頭することとなった。

集権型の統治は、中央の理念と、現実が合わなくなると、崩壊しやすい。

幕藩体制

1600年に、徳川家康は、江戸に幕府を開いた。

戦国時代には、すでに全国の戦国大名たちが、分国法を制定し、独自の経済政策を実施していた。

江戸幕府は、戦国大名を、親藩・譜代・外様に分けて、待遇の差を設けた。さらに、日本列島を、天領(幕府の直轄地)と、藩(大名の所領)に分割して、統治した。

このような江戸幕府の分権型の統治は、幕藩体制と呼ばれている。

分権型の統治により、藩を単位に、日本列島に豊かな地方性が発展した。

アメリカ独立宣言

1776年に、北米大陸の13の植民地は、独立宣言を発布し、アメリカ合衆国(英:United States)を建国した。

アメリカ合衆国は、分権型の統治であり、それぞれの州(英:state)が、独自の州法と財源を持ち、連邦政府(英:federal government)に権力の一部を、委託する。合衆国憲法修正10条(英:amendament 10)には、州政府と中央政府の権力が、規定されている。

なお、フランス人のアレクシス・トックヴィル(仏:Alexis Tocqueville 1805--1859)は、独立後のアメリカを訪れ、アメリカの民主政治(英:Democracy in America)を分析した。

分権型の統治により、アメリカ合衆国は異なる人種・宗教の共存へ、挑戦を続けている。

特に、21世紀世界の共存への挑戦は、多文化主義(英:multi-culturalism)と呼ばれる。

フランス革命

1789年に、フランス革命により、フランスは中央集権の国民国家(英:nation-state)を目指した。

フランスは、歴史上はじめて、国民軍(徴兵制)を導入し、国民全員が共通のカリキュラムを履修する義務教育を制定した。

さらに、国歌のラ・マルセイエーズ(仏: La Marseillaise)も、成立している。

集権型の統治により、国民(英:nation)が生み出される。

明治維新

1868年に、明治維新により、廃藩置県が実施され、日本は集権型の統治を推進した。

殖産興業により官営工場(富岡製糸場・八幡製鉄所)を設立した。

日本全国で言葉が通じるように、標準日本語も整備された。現在でも、日本語の授業は、「国語」という科目名で教授されている。

集権型の統治により、明治政府は、日本の近代化を迅速に進めた。

国際連合

1945年に、第二次世界大戦の終結とともに、、国際連合(英:united nations)は発足した。

国際連合は、分権型の統治であり、国家を超えた機関だ。

国際連合の安全保障理事会は、常任理事国に拒否権を認めている。

国際連合の教育科学文化機関(英:UNESCO)は、世界遺産を選定し、それまで国家によって保護されてきた遺産を、超国家の立場から保護している。

ヨーロッパ連合

1993年に、マーストリヒト条約の発効により、欧州連合(英:european union)は発足した。

欧州連合は、集権型の統治であり、国家を超えた機関だ。

欧州連合は、域内の国境移動を自由化したので、1648年のウエストファリア条約での主権国家の考え方は、更新された。

単一通貨のユーロ(単位:€)を発行し、国家権力による通貨の発行を、停止した。

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